人一倍の情熱を!

人一倍の情熱を!

 

まず、中村さんは自分の生まれと育ちについて語られました。

 

三重県の山奥の生まれ。

ここで2つのことを教わった。

 

 

毎日山の中で、今の子供のようにゲーム機で
遊んでもらっているのではなく、自分から遊びを作り出していた。

 

それが、今仕事で新しい仕事を作っていける元になっていること。

 

 

もう一つは、母親から”英才教育”を受けたこと。

 

自宅に帰ると母親から毎日笑顔で「お帰り。・・・どうやった?」と話しかけられた。

母親に今日あったことを話すととても喜んでくれた。

 

お母さんをいつも喜ばせたかった。

それが今、人を喜ばせることがわが喜びになっている。

 

 

中学・高校は皆が行くから行った。

 

女子大学生の更衣室の天井裏に友達50人近くで上がって、天井穴から覗いていたら

重さで天井が抜けてしまったという思い出も。

 

学校は行く理由がわからなかったから成績も悪く、

3週間の停学を食らう様な悪いことをしたり、遊んでばかりいた。

 

一体何のためにやるのかという理由を見つけたら、放っておいても自然に人は育つ。

 

 

18歳で焼き鳥屋で厳しい師匠に出会うまで、私は金、将来性、世間体のことばかり考えて

「どうせ俺なんて」としか言っていなかった。

 

会った時、師匠は軽トラに乗っている26歳の八百屋だった。

 

彼は一時は多数の会社を経営し、豪華なマンションに住み、外車を乗り回していたが

22歳で事業に失敗し、借金だらけのどん底生活を送っていた。

 

焼き鳥屋で彼の大きな事業構想のロマンに惹かれ、その場で弟子にしてくださいと頼みこみ、

彼の商売(野菜の行商)を手伝い始めた。

 

 

その師匠が以前、学校の先生だった父の葬式に出た。

 

2,000人もの参列者がいた。

そのうちの900人が亡くなった先生の教え子。

 

死亡広告も出さないのに電話での連絡で先生が亡くなったということが

教え子たちにあっという間に伝わって、見たこともない数の葬式の参加者だった。

 

 

それを見て、師匠は思った。

死にざまを見たら、生き様が判ると。

 

これからは死にざまをイメージして生きていこうと。

お金は自分のためではなく、人を喜ばせるために使おうと思った。

 

自分の未来は誰でもない、自分が作ればいいんだと。

 

 

19歳の時、行商で得た資金を元に

六本木に狭いながらも飲食店を開店し、店を任せられた。

 

その後、様々な方法でお客様を満足させて5店舗まで拡張。

 

初期投資を抑えるために、人が嫌がる

経営者が自殺した物件からスタートした。

 

多額の借金で不安になったが、師匠からは「俺たちには軽トラがあるじゃないか」と励まされた。

たとえ失敗してもまた軽トラでの行商をやり直せばいいと。

 

どれだけ人に喜びを与えられるかの人間力の勝負だと思った。

 

 

そして動けば形になり、人を喜ばせればものになるということを実感した。

 

 

21歳の時、出身地の三重県で店をやれと師匠から言われた。

今までは師匠と一緒にその人に従ってやってきたけど、独立せよと命じられたわけだ。

 

人は生きているうちにどんどん変わっていってもいいのではと思った。

 

 

目標達成型の人生と天命追求型の人生がある。

私中村は後者。

 

21歳で伊勢市で850万円の借金をして10席の飲食店「クロフネ」を始めた。

 

三重ナンバーワンのお客様に喜ばれる店作りを目標とし、お客様を徹底的に喜ばせ大繁盛させ、

借金も7か月で返済してしまった。

 

 

26歳の時リビングカフェ「クロフネ」をオープン。

 

17年間のレストランウエディングで1500組の結婚式を行ったが、

広告・宣伝費には1円もかけなかった。

 

それでもなるべく安く、満足のいく結婚式を提案し、満足のサービスを提供したことで

口コミで順調に事業が発展していった。

 

2億9千万円の借金も9年で返済できた。

 

 

29歳の時開業の経験を話してくれと言われて話したら

その録音テープが拡散して講演依頼がひっきりなしとなった。

 

 

私が人生の日々に大切にしている言葉、それは、「頼まれごとは試されごと」という言葉。

 

人から何かを頼まれたら、断らずにすぐ、よっしゃと引き受ける。

そこがターニング・ポイント。

 

困ってるから人は頼んでくる。

それを断ったら、二度と頼まれることはないだろう。

 

 

仕事=人を喜ばせること。

 

客を喜ばせることができるかどうか?

 

師匠から「小さなことにも気づける男になりなさい」と言われたことを実践している。

 

 

そんな私に毎日、講演依頼など200以上の頼みごとが来る。

 

この間もオーストラリアのシドニーなど海外からも講演の依頼が。

私の講演もだんだんグローバル化してきています(笑)。

 

どうせやるなら楽しんでという心境です。