シンギュラリティ(技術的特異点)

シンギュラリティ(技術的特異点)

 

 

2045年頃、
1台の人工知能(AI)が
地球上の70億人の人間の知能の
合計を上回る現象を指す言葉である。

 

人類にはこれまで3度の大きな社会的変化があった。

 

1度目が約10,000年前に起こった農業革命。

 

ここで貯蓄の概念が生まれ、
狩猟採取社会でほぼ平等だった人類に
支配、被支配の区別や貧富の差ができた。

 

2度目が18世紀の
通称産業革命と呼ばれる工業革命。

 

物品の供給が
人類の需要に追いつくように。

 

資産家が多く生まれ、
労働者との富みの格差がを広がった。

 

3度目が20世紀の情報革命。

 

インターネットやIT技術の発達により、
それまで国内に留まりがちだった情報が国境を超えて共有され、
人・モノ・資本が全世界的に移動できるようになった。

 

シンギュラリティは
人間の社会を変える4度目の
革命的出来事になると言われている。

 

世界中で行われている仕事の多くが
AIやロボット、スパコンによって代行可能となり
人間の労働が必要なくなってゆくらしい。

 

シンギュラリティに達するまでもなく
人工知能(AI)は発達して、
今人間がやっている仕事を代替してゆく。

 

生産現場ではすでに
数十年前よりオートメーション化(FA)が
進みブルーカラー労働者の削減が行なわれ、
1970年以降PCの普及でオフィスオートメーション(OA)が進み、
ホワイトカラーの職場でも単純な事務仕事は効率化されている。

 

更に最近ではAIの出現により、
経理や人事といったある程度の専門性が
必要な職種もかなり無人化が進んでいるという。

 

将来的には弁護士や医者など
高度な知性や技術な必要な仕事はもとより、
画家や小説家といったクリエイティブな仕事まで
AIによっておこなうことができるという。

 

ビッグデータという人類の
あらゆる知識の集積を学んで試行錯誤する
ディープラーニング(深層学習)という技術で
AIが瞬時に膨大な判例やすべての医学知識に照らした対処をしたり、
どういう文章や絵画が人を引きつけるのか
ということを割り出したうえで作品を作ったりするようになる。

 

AIは今人間がやっている
ほとんど仕事ができるだけでなく、
病気もせず、文句も言わず、
24時間不眠不休で働くことが可能なうえに
ヒューマンエラーもない。
(最低限のメンテナンスは必要)

 

雇う側にとっては
非常に都合の良い労働者ということになる。

 

今後急速な進化が進むAI技術により
多くの人が失業することが予想される、
と言われている。

 

以下は個人的な意見である。

 

それがどのくらいの速度で
進むのかはわからないがその通りになるだろう。

 

人類は雇用の維持という
非効率のために経済的合理性を
犠牲に出来ないからだ。

 

給与所得者から
フリーランスなど多くの仕事が
AIに代替されて現在の仕事を失うことになる。

 

そのときに自分は
どの立ち位置にいたいかということは
明確にイメージしておく必要があるだろう。

 

AIの発達による失業対策として
国がすべての人に最低限の収入を保証する
ベーシック・インカムを導入するという論もある。

 

仕事を失っても
生きてゆけるだけの生活費を支給して
大失業時代が悲惨なものになったり、
世の中の不安定要素とならないようにするのである。

 

AIが普及した時代は
生産性を格段に上がるので
そうするだけの余裕ができるというのである。

 

確かにそうなれば良いな
というのはあるがこれは多分に
他力本願的要素が強いので
ここで語るのはやめる。

 

それはそれとして
シンギュラリティ以後の世界、
あるいはそれまでのAIによる代替の過渡期において
自分がどのように糧を得て生きてゆくかを
考える必要があると思う。

 

まだ訪れていない
未来を想像するのは難しいが、
人間のやるべき仕事が少なくなってゆく中で
自ら収入を得て生きてゆくには
ビジネスオーナーかある程度の資産を持って
投資家として立ち回る必要があると考える。

 

もちろんそれは充分条件ではない。

 

ビジネス全体がAIに
代替されるものであればその限りではないし、
先進技術により効率化されたビジネスは
大きな資本に飲み込まれやすいかもしれない。

 

むしろ経営者の仕事すら
AIに取って代わられるかもしれない。

 

だがそれでしっかり回る
ビジネスとして機能していれば
最低でも投資家としての立場は確保されるだろう。

 

ポイントはAIに
代わられるのではなく
それを使う立場になるということだろう。

 

その時代まで
あと何年かわからないが
それまでの間にできるだけのことはしておきたい
と考える今日この頃である。