ポーランド孤児の悲しい歴史とは?


 

 

ポーランドと孤児、そして日本・・・

 

一見縁のなさそうな遠い国ポーランドだが、

孤児を介して実は深いつながりがあった。

 

 

 

このポーランド孤児のエピソードを現地で聞いてから

母国である日本、そして日本赤十字社への見方がガラリと変わった。

 

日本から遠く離れたヨーロッパの地、ポーランドが

なぜこんなに親日なのかは、成長した孤児達が涙ながらに語る

あの歴史を知れば誰もが納得できる。

 

 

 

 

 

孤児がつないだポーランドと日本の縁

 

 

このポーランドでは、世界大戦の悲劇の頃

多くの孤児が生まれ、遠く離れた日本とのつながりができた。

 

 

世界の多くの国を戦火に巻き込んだ第一次世界大戦の1920年夏、

ポーランドから多くの孤児が東京の中心地に送還。

 

奇しくも、俺がダイレクトマーケティングビジネスで

パートナーにしている企業の自社ビルがある場所からそう遠くない。

 

 

その後数年間で1,000人に迫る孤児達がポーランドから送られ、

日本人の手厚い保護を受けた。

 

その経緯は、シベリアに捕らえれていたポーランド人の子供を救うため

各国に救援を要請したものの、それに応えたのは日本だけだったというもの。

 

日本人の多くのボランティアが

来日した孤児達の面倒を見、彼らの命を救った。

 

この日本の温かい支援は、当然本国ポーランドにも伝わり

日本人に対しての好意的な印象が現地人の心に植え付けられた。

 

それが後に、遠く離れたポーランドと日本を結ぶ絆となる。

 

 

戦争という悲惨な歴史の中で、何とも心温まる話だ。

 

俺は何もしていないのだが(笑)、

日本人として少し鼻が膨らむ思いだった。

 

 

 

 

 

孤児。そしてポーランドという国

 

 

そもそも、あなたはポーランドについて

どんなイメージを持っているだろうか?

 

 

ポーランドは旅行先としてはあまり日本人に選ばれることはなく、

欧米の人達のほうがずっと詳しかったりする。特に孤児の逸話は

よく知られているところ。

 

実はここは観光地として、戦後以降注目されてきた場所。

実際に現地に行ってみてよく分かった。

 

 

俺がその存在を意識したのは、あの渋谷の109向かいの映画館で観た、

今でも好きな「戦場のピアニスト」に深く感動してから。

 

仲間との会話をきっかけにさらにこの国に興味を持ち、

実地調査も踏まえて現地に足を向けた。

 

 

驚いたのは、思ったよりも現地で英語が通じること。

そして、ヨーロッパの中でも際立つ物価の安さ。

 

食事も、個人的な印象では日本人にも合う。

 

自然派の俺が嬉しかったのは、綺麗な街並みだけではなく

自然にも恵まれていること。

 

 

悲しい歴史から暗いイメージがあった現地の人達だが、

フレンドリーで話しやすい。

 

何より、日本人好きな人が多いのには驚いた。

特にワルシャワでは、俺が日本人だということを知ると

より親切に。

 

ポーランド孤児のエピソードで理由が分かったが。

 

 

個人的な話だが、俺の友達にもこのポーランド孤児の子孫がいる。

だからこそ、この歴史的背景の話は胸に刺さった。

 

現地への移住も考えているが、日本人として

これからもこの縁を大切にしていきたい。

 

 

 

ポーランドへの移住や日本との二重生活を

可能にする「あの方法」とは?

 

 

 

ポーランド孤児について語ったので、

首都ワルシャワについても触れておこう。

 

 

俺自身がこの下見なしで移住したフィリピン以外で

考えている新たな移住先というのもあるが・・・

 

 

ヨーロッパに向かおうとする仲間には、最近

このポーランドのワルシャワのことをよく話している。

もちろん孤児の歴史は外さない。

 

昨日もskypeでそれを語ったのは

敦美さんだった。

 

 

 

 

 

ポーランド・ワルシャワのおすすめポイント

 

 

ポーランドは、物価が安いことも旅行者にとっては魅力。

俺のように移住を考えている人間にとってはなおのこと。

 

月90,000円以下で生活できるなど、

ヨーロッパの国としては考えられない。

 

観光地のクラクフなどでは英語が普通に通じたりと

外国人への対応も十分で、レストランでのオーダーも困ることはない。

 

 

ワルシャワは、ポーランドの中で唯一

メトロで移動できる街。便利な移動手段については

元孤児のアミンが詳しく教えてくれた。

 

セントアンナ教会やセント十字架教会、文化科学宮殿、

ワルシャワ蜂起の記念碑、ワルシャワ王宮など観光地としても

見どころが多い、このワルシャワという場所。

 

 

ここに来ると、あのナチスの最悪なホロコーストを描いた

映画「戦場のピアニスト」をどうしても思い出す。

 

そしてピアニストといえば、やはり

この地が生んだショパンという天才。

 

天才なら、ポーランドでは事欠かない。キュリー夫人やコペルニクスもそうだ。

孤児の多くもきっと、たぐいまれな才能を持っていたのだろう。

 

 

ポーランドとセルビアを観光、その後は

コタキナバルのビーチに長期滞在した元孤児のマイケル。

 

人付き合いが面倒人生がくだらないと考えていたが、

最近は俺と同じ「元ネガティブ」に生まれ変わった(笑)。

 

彼も、ポーランド孤児の歴史については

もっと掘り下げてみたいと語っている。

 

 


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コメントは8件です

  1. しふや より:

    ポーランド孤児と日本との間にそんな話があったんですね以外で驚きましたすごい感動しますなかなかないですよね大変な時に他の国を助ける余裕なんて言うのはその頃からおもてなしの文化があったんでしょうかよく分かりませんがやなかなか日本人として誇れることがない昨今うれしいニュースでしたありがとうございます>>食糧危機対策として
    注目されている、昆虫食。
    日本では、あのカメムシを
    食べるイベントが開催されたとか・・・
    小学生の頃、成増のおじいちゃんが
    大量に捕獲してきたイナゴを佃煮にして食べさせてくれた。
    今思えば、子供の頃の
    俺のほうがずっと勇者だった(笑)。

  2. makostyle より:

    最近色々と不幸な事件が起きる日本ですが暖かい心はあるのですね。本当に素晴らしい事だと思います。世界の中でポーランド孤児を受け入れたのが日本だけというのは誇りに思います!

  3. ユウゾラ より:

    日本とポーランドの間に過去にはこのような関りがあったのですね。全く知りませんでした!イメージとしては疎開のように田舎の農家などで孤児を受け入れたのかと思ったら、東京の真ん中だったのですね!色々と知らないことが多いですがいい話です!

  4. のら より:

    第二次世界大戦で酷い目に遭ったポーランド、首都ワルシャワは灰燼に帰し、多くのユダヤ人が強制収容所で命を落としました。孤児が多いのも当然ですが、日本とも縁があったなんて意外でした。

  5. たか より:

    歴史や海外の地域について詳しくない自分ですが、なぜかポーランドには悪い印象がありませんでした。
    無意識の内にこういった歴史の背景を感じることがあったのかもしれません。
    戦場のピアニストという映画を見たことがないので、とても興味をそそられました。
    今度みてみることにします。

  6. シルビアン より:

    ポーランド孤児のことは日本ではあまり知られていないですね。
    まだ100年程しか経っていないのに。
    でもポーランドでは伝わり、日本に対して好意的な印象を持ってくれているのは
    うれしいですね。

  7. しおばなはるの より:

    ポーランドは確かにイメージしづらい。戦場のピアニストがポーランドの話だったのかと、この記事を読んで知ったくらいでした。なんにせよ、日本人が孤児を救ったという話は素晴らしい。

  8. ひかり より:

    戦後、孤児が増えてしまったことは
    色んな苦悩があったのでしょね。
    日本とポーランドの関係がまた知れて
    良かったです!
    後世に引き継いでいきたいですね。

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